防衛戦勝利後の夜晩く、やる夫は一人素振りをしていた。 「101,102,103,,,」 新城に訓練をつけてもらってからは、よほどのことがない限り続けている日課であった。 ブオンッと風を叩く音が虫の音も聞こえない闇夜の中で溶けるように消えてゆく。 やる夫は無心で剣を振っていたわけではなかった。己にこびりつく雑念とともに、 ただ作業として剣を振っていたにすぎない。心は剣になく、過去に向いていたのである。  思えば、この二ヶ月、この異世界に来るまでの過ごした時間などより遥かに濃いものだった。 やる夫は作業を続けながらこれまでのことを振りかえり始めていた。  目覚めると見知らぬ部屋に寝かされ、異世界であることにとまどい、状況を受け入れられないで いる自分を記憶喪失扱いしながらも温かく迎え入れてくれたローゼン姉妹との出会いが始まりだった。  いまになって最初のころの自分はものすごく恥ずかしいことばかりしていたように思う。すぐに 村を大きくしてやるなど大層なことを口にしたものだと思う。しかもゲーム感覚で本当にできるのだと 考えていたのだからたちが悪い。だが、まあ今の自分は村を大きくしたいと思っている。 いや、村の生活を続けていきたい、ずっと、できるだけ。この方がしっくりくる気がする。    ローゼン姉妹からの出会いから、時が少しばかり流れる。  村はわずかではあるが少しずつ、だが確実に復興し始め、その復興のうらにはさまざまな人との出会い、 そして別れがあった。一番初めに村に来てくれた誠、村の復興の要である両津、できる夫など村に関わる 者誰か一人でもかけていたならばここまで村の復興は進んでいないだろう。それほどまでに村の状態は 悪く、そして彼らの果たした役割は大きいものだった。 678+1 :AAを作っても良いよという方は管理スレまで [↓] :2011/11/27(日) 14:30:19 ID:DQdvIdJ2 (7/9) そして訪れる初めての防衛戦  ここで初めて「死」というものを体感する。いまでも、いやいまだからこそ、こう考える。  運がよかったと  下手をすれば死んでいた、むしろ死んでいなければおかしいオーガとの邂逅。オーガと遭遇する前の 防衛戦でも自分は何もできなかった。いまでもはっきりと覚えている。この時が強くなりたいと思った 一番はじめのプリミティブな動機である。多分に不純なものを含んではいたがこれが初めてだったはずだ。 その思いには情熱も、覚悟も、なにもかも足りてはいなかったが、人生で初めてだったのだ。  自分にふりかかる不条理に抗おうとすることが。 今の自分は抗うことができているだろうか。魔物に限らず多々あることに対して。  それからもさまざまなことがあった。ミクとの出会い、王様の結婚式、本格的な訓練、そして 水銀燈のストライキ。  自分はストライキを行った水銀燈に過去の自分をいつしか重ねるようになっていた。だから自分だけは そばにいてあげたかった。たとえ罵詈雑言を浴びせられようと。なにもうまくいかず、期待にもこたえられず 自分の殻にこもり、傷つくのが怖いからまわりを傷つける。そんな水銀燈をとても見ていられない状況だから、 自分だけは見ていようと。  自分がやったことが正しかったかなんてわからない。ただ水銀燈は自分の足で立ち上がった。 自分のおかげだ、などとも思わない。周りに彼女に手を差し伸べる者はいくらでもいる。今回たまたま自分 だったというだけだ。遅かれ早かれ彼女は立ち直っていただろう。水銀燈が今は笑っているそれだけで十分だ。  たとえその笑顔が自分を向かずとも、自分にそんな資格はないのだから。  そして、、そして、、、アッテムト鉱山 初めてふれる他人の死というものに、己の無力さを嘆かずにはいられなかった。 なぜ自分のようなひよっこがノコノコとついていったのか、もっと周りに気をつけていれば、 そもそも訓練など自分の身に余ることを頼まなければ、などと思考が負のサイクルに入り始める。 「379ッ!」 終わってしまったことは変えられない。失敗したならまた同じことを繰り返さぬよう努力するだけ。 やらない夫は生きているのだ。生きているならやり直しがきく。大丈夫。そう大丈夫だ。 そう自分に言い聞かせる。そのための努力を今しているのだから。 今日の防衛戦では敵と戦うことができた。不条理に抗うことができた。 やらない夫もほめてくれた。自分は今わずかではあるが前に進んでいるのだ。 とりとめのない思考が終わり始め、心が過去から現在そして剣へと移りつつあった。 心のざわめきがおさまり、無心へと至るにつれ剣からいたずらにでていた風を叩いていた音は 剣が風を切るようになりいつしか聞こえなくなっていた。 そんなやる夫を建物の影から見ているものがいた。 彼女はやる夫を探し続け、つい先ほど探し当てていたのだ。とうに酔いはさめており、やる夫をすこしだけ見つめた後 「おばかさぁん」 そう彼女はつぶやきやる夫に背を向ける屋敷に戻って行った。 口元に笑みを浮かべながら。